今回は、相続ではあまりいいイメージのない「名義預金」について考えてみます。
申告漏れ多数!名義預金とは
名義預金とは口座名義人と実質的な預金者が異なる預金をいいます。親が作った子名義の預金などですね。
相続税においては、名義に関わらず、実質的に故人の所有と認められる財産は課税財産として計上しなければなりません。お金を出したのが故人で、実際に口座を管理していたのも故人なのであれば、真の所有者は故人だということになります。これは、資金拠出者、通帳や印鑑等の管理状況、口座が作られた経緯などから総合的にみて判断されます。
税務調査で指摘される申告漏れ財産には名義預金が相当数含まれるとみられ、申告漏れともなれば追徴課税に延滞税などもかかってきます。「何十年も前に作った口座だから時効が成立しているのでは…」とおっしゃる方も多いのですが、名義預金はそもそも贈与が成立していないので、贈与税の時効は適用されません。
ですので、相続税申告を承った際にはそういった口座がないかよくよく確認するのですが、それでも後から発覚することがあります。故人が自分の生活費の余りを少しずつ子名義の口座に貯めていたような場合、税理士が預金移動調査をしてもなかなか気づくことができません。また別の例では、故人が名義預金を元手に株や不動産を購入していたことがありましたが、預金に限らずこれらもすべて名義財産と判断されます。
名義預金にもメリットはある?
そんなわけで、申告漏れしやすい要注意財産として扱われがちな名義預金ですが、役に立つ場面もないことはありません。
例えば相続開始直後にお金が必要となる場面です。医療費の精算等のほか、大きな出費は何といっても葬儀費用でしょう。家族葬が増えてきたとはいえ、概ね150~200万円はみておかなければなりません。
この費用を賄うために故人の銀行口座からお金を引き出したいと考える方は多く、名義人の死亡を金融機関が自動的に知る術はないので、暗証番号を知る家族がキャッシュカードを使って預金を下ろすことは事実上不可能ではありません。しかし、故人の口座はあくまで相続開始とともに凍結され、遺産分割が終了するまで引き出せないのが原則です。
一方、名義預金はどうでしょうか。金融機関は税務署のように「実質的な所有者は誰か」とは考えません。口座のお金は名義人が自由に引き出せるのです。仮に残される奥様の名義で名義預金を作っておけば、相続開始後、奥様は口座凍結の気兼ねなくそのお金を当面の生活費や葬儀費にあてることができます。
ただしきちんと相続財産に計上して相続税申告するのは大前提です。
また、遺産分割上は他の相続人に対してもその存在を明らかにし、名義預金の存在を踏まえた遺言を残すなど、他の相続人から不満が出ないようにしておくべきです。税務署や他の家族に内緒の名義預金はトラブルの元。この点は十分ご注意ください。
相続開始直後の出費への対応
相続開始後の出費への対応としては他の方法もあります。
一つは2019年7月から始まった預金の払い戻し制度です。これにより、遺産分割前でも一定金額までなら故人の預金口座からお金を引き出せるようになりました。戸籍等の書類を揃えて金融機関に申請する必要があるため即座に引き出せるわけではなく、金額も一金融機関あたり最大150万円が上限です。
次に生命保険(死亡保険)に加入しておく方法です。書類が揃っていれば請求後5営業日程度で保険金が支払われることが一般的で、保険会社によっては簡易的な書類で一定金額を即日支払うサービスを行っていることもあります。死亡保険金は一定額まで相続税が非課税になるので、その点でもメリットがあります。
最後に家族信託です。例えば委託者・受益者を親、受託者を子とし、信託財産としたお金を子名義の口座(信託口口座でない口座)に預ければ、事実上は名義預金と似た状況になります。そして、親の死亡を信託終了事由とし、その際の財産の帰属先を子と設定すれば、預金の承継先指定という遺言に代わる効果が得られます。ただしこの場合、信託口口座で管理するのと違い倒産隔離機能(委託者や受託者が破産・倒産等に陥った際に信託財産が保護される機能)はありません。
名義預金も相続後の出費への一つの対策となり得ますが、申告漏れや遺産分割トラブルにつながる可能性も高いものですので、安易に放置せず、よりよい方法を検討しましょう。
名義預金&生前贈与 よくある疑問
Q.専業主婦です。家計のやりくりの中で貯めたへそくりがあるのですが、これは私の財産でしょうか?
専業主婦のへそくりも名義預金とみなされる可能性があります。専業主婦は収入がないはずなので、ここでは資金提供者が誰かという点に判断の主眼が置かれ、夫の稼いだお金=夫の財産とみなされるわけです。家事労働の対価は0円なのかと納得いかないかもしれませんが、ともかくへそくりが高額な場合は注意しましょう。
Q.贈与が名義預金と認定されないための対策は?現金を手渡ししてもかまいませんか?
名義預金と認定されないためには、贈与時に「贈与契約書を交わす」「贈与税申告をする」「通帳や印鑑、キャッシュカードを名義人に引き渡す」等の対策が有効です。金銭の贈与は基本的に記録の残る口座振り込みが望ましいのですが、どうしても現金で渡す場合は、贈与契約書に加えて受領書(領収書)を作成しましょう。
Q.小学生の孫にも贈与できるの?
可能です。ただし、贈与は贈与者と受贈者の「あげます」「もらいます」の意思表示があってはじめて成立する法律行為なので、未成年者に贈与する場合は親権者の同意が必要となります。親権者が贈与契約書を作成しましょう。贈与税が発生する場合も親権者が代理で申告を行います。
Q.20代の孫に大金を贈与して、無駄遣いしないか心配。
贈与したお金を孫が契約した生命保険の保険料にあてれば、満期を迎えるまで無駄遣いが防げます。例えば契約者を孫、贈与者である祖父を被保険者とした終身保険であれば祖父の死亡時に保険金が支払われ、孫が受け取った保険金は所得税の対象となります。保険料にあてる場合もまずは贈与契約書を締結しましょう。
ポイント!
子や孫名義の名義預金ということであれば、名義預金を解消してきちんと贈与するという選択肢もあります。
教育資金や住宅取得等資金など用途を限ってならば一度に多額の贈与を想定した制度もありますが、本来、贈与は長期的にじっくり続けて効果を得るべき相続対策の「漢方薬」のようなもの。暦年贈与で少しずつ移していけば贈与税も抑えられますし、お子さんやお孫さんにも長く感謝されるのではないでしょうか。相続税の節税対策の意味でも、まだ先でいいと思わず早めに取り組みましょう!
この記事を書いた人
税理士
髙原 誠(たかはら・まこと)
フジ相続税理士法人 代表社員
東京都出身。平成17年 税理士登録、平成18年 フジ相続税理士法人設立。
相続に特化した専門事務所の代表税理士として、不動産評価部門の株式会社フジ総合鑑定とともに、年間950件以上の相続税申告・減額・還付案件に携わる。
不動産・保険等への造詣を生かした相続実務に定評があり、プレジデントや週刊女性など各種媒体への寄稿・取材協力も多数行う。
平成26年1月に藤宮浩(株式会社フジ総合鑑定 代表)との共著となる初の単行本『あなたの相続税は戻ってきます』(現代書林)を出版。
平成27年7月に第2弾となる『日本一前向きな相続対策の本』(現代書林)を出版。
平成30年4月に第3弾となる「相続税を納め過ぎないための土地評価の本」(現代書林)を出版。