自己株式取得の税負担を軽減する「みなし配当課税の特例」とは?

相続専門税理士が解説 自己株式取得の税負担を軽減する「みなし配当課税の特例」とは?

相続税は「現金一括納付」が原則です。そのため、「非上場会社」の株式を相続で取得したものの、「納税資金が足りない」ときには、「株式を売却して、得られた資金を支払いに充てたい」と考えることがあるかもしれません。

「上場会社」の株式であれば、売却先には事欠きませんが、「非上場会社」の場合、譲渡制限がかけられていたり、買取先がほとんどなかったりして、その目的を達成することには困難がつきまといます。しかし、そのような中にあって、「発行元である非上場会社に株式を買い取ってもらう」選択ができる場合があります。

個人株主が発行会社に「非上場株式」を譲渡する場合の注意点

このときに注意しなければならないのは、一般に、個人株主が発行会社に「非上場株式」を譲渡した場合、「譲渡所得課税」のほか、「みなし配当課税」が行われる点です。「みなし配当」は他の所得(給与所得や不動産所得)と合算され、5.105%~45.945%の「高額」の所得税が課税される特徴があります(譲渡所得部分は15.315%の所得税が課税されます)。

しかし、相続により取得した非上場株式について、一定の手続きを行って、発行会社に譲渡した場合には、譲渡対価の全額が「譲渡所得課税」の対象となり、「高額」な所得税の課税を受けずに済みます。

具体的には、相続又は遺贈により非上場株式を取得した個人のうち、その相続または遺贈につき納付すべき相続税額があるものが、その相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日から3年以内に、その相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された非上場株式をその発行会社に譲渡した場合は、一定の手続きの下で、みなし配当課税を行わず、譲渡対価の全額が株式に係る譲渡所得の総収入金額として課税されます。(措法9の7)

計算例として次のような状況を考えます(細かい計算過程の根拠を説明していくと非常に複雑になるので、「通常の場合」と「特例の適用を受けた場合」とで、納めるべき税額が大きく変わることをつかんでいただけたらと思います)。

【条件】
非上場株式の時価 2億円
取得価額 3,000万円
非上場株式の時価のうち
資本金等の金額の部分 4,000万円
利益積立金額の部分 1億6,000万円

【通常の場合】
譲渡所得の金額 4,000万円-3,000万円=1,000万円
みなし配当の金額 2億円-4,000万円=1億6,000万円
所得税
① 譲渡所得部分 1,000万円×15.315%=1,531,500円
② みなし配当部分 1億6,000万円×45.945%-4,896,716円=68,615,284円
③ ①+②=70,146,700円(100円未満切捨)

【特例の適用を受けた場合】
譲渡所得の金額 2億円-3,000万円=1億7,000万円
所得税 1億7,000万円×15.315%=26,035,500円

※譲渡所得の計算をする場合には、措法39条(取得費加算の特例)の適用も可能ですが、説明の都合上、割愛します。

手続要件

特例の適用を受けようとする個人は、「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」に所定の事項を記載の上、非上場株式の譲渡をする時までに発行会社に提出する必要があります。

この届出書の提出を受けた発行会社が自己株式を取得した場合は、一定の事項を記載した書類を取得の日の属する年の翌年1月31日までに、上記の届出書とあわせて所轄税務署長に提出する必要があります。発行会社は届出書と書類の写しを各人別に整理の上、提出日の属する年の翌年から5年間保存する義務があります。

特例を適用する際の検討・注意事項

まず、「発行会社に買い取れるだけの財源があるか」を確認します。お金がない会社が、どんどん自社株を買い取っていくと、お金がさらに流出し、会社債権者が不測の損害を負いかねません。そこで、会社法では会社が自社株を株主から買い取るときの「財源規制」が規定されています。

具体的には、「買い取り時点」の「分配可能額の範囲内」でしか、会社は自社株を買い取ることはできません(会461Ⅰ)。「分配可能額」は、大まかにいえば、「剰余金」の額と一致します(会446、会社計算規則149)。買取金額が、この「分配可能額」に収まるかどうかを確認しましょう。

また、買取金額が「時価」を下回る場合、その他の株主の株価(1株当たりの価値)が増加することになり、非上場株式を譲渡した相続人からその他の株主に対する贈与があったものとして、「贈与税」が課税される場合があります。

とくに「時価」の2分の1未満での売却は、「みなし譲渡」の規定が適用され、売却代金ではなく、「時価」で売却したものとして譲渡所得税を計算することになります。「時価」の把握は、相続税申告の際に行っている「株式評価による価額」により行い、それと比較して売却金額が妥当なものかどうかを判断します。売却価格について不安ということであれば、相続税申告をお願いした税理士に相談するのがよいでしょう。

最後に、相続税は、原則、相続が開始してから10か月以内に申告・納付しなければなりません。非上場株式の発行会社への譲渡を、相続税における納税資金確保を目的として行う場合、相続が開始してから検討していては間に合わないと思われます。そのため、「資金面に不安がある」という場合には、被相続人となる者が元気なうちから、譲渡の準備を進めておきましょう。

髙原 誠(相続専門の税理士)
フジ総合グループ副代表 髙原 誠(たかはら まこと)税理士 ‖ フジ総合グループの副代表を務め、不動産に強い相続専門事務所の代表税理士として、年間約990件の相続税申告・減額・還付案件に携わる。多くの経験とノウハウを活かした相続実務に定評があり、プレジデントや週刊女性など各種媒体への寄稿・取材協力も多数行う。