相続税の申告と納税が終わったあとに、「相続税を多く納め過ぎていたかもしれない」と感じることがあります。
相続税の申告内容に誤りがあり、実際より多く税金を納めていた場合は、法律で定められた手続を行うことで、納め過ぎの税額分を取り戻せる可能性があります。
この手続は、一般的に「相続税の還付手続」と呼ばれ(税法上「更正の請求」といい、本記事内で断りのない限り「還付手続」といいます。)、その請求には法律上の期限、いわゆる「時効」があります。
この記事では、還付手続の時効がいつまでなのか、還付の対象となり得るケース、そして具体的な手続の流れを解説します。
もくじ
相続税還付手続の時効はいつまで?
相続税を多く納めていた場合に、その納め過ぎの税額分を返してもらう権利には、法律で定められた期限があります。
この期限を過ぎると、たとえ納め過ぎが明らかであっても、原則として還付を受けられなくなるため、請求の期限を把握することが必要です。
原則は法定申告期限から5年以内
相続税の還付手続(更正の請求)ができるのは、法定申告期限から5年以内です(国税通則法23条1項)。
なお、相続税の法定申告期限は「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内」です(相続税法27条1項)。
したがって、法定申告期限から5年間が、還付手続を行える期間になります。
ただし、災害等による期限の延長があった場合は、個別の期限を基準に確認する必要があります(国税通則法11条)。
| 項目 | 期間 | 法律根拠 |
|---|---|---|
| 相続税の法定申告期限 | 被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内 | 相続税法27条1項 |
| 還付手続の期限(更正の請求期限) | 法定申告期限から5年以内 | 国税通則法23条1項 |
相続開始時(被相続人の死亡時)から「5年10か月」と表現されることもありますが、実際には法定申告期限の起算日によって異なります。
すなわち、相続税の法定申告期限の起算日は、相続開始があったことを知った日の翌日であり、相続開始時ではありません(相続税法27条1項)。
また、その10か月後の応当日が、休日などであった場合には、その翌日が期限となります(国税通則法10条2項)。
よって、各期限を単純に合算せず、法定申告期限を基準に起算日を確認してください。
税法における期間計算は、準用規定はないものの、民法に準じています。
民法140条において、日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は算入しないとの「初日不算入の原則」が規定されています。
ですから、期間計算の起算日は、常に翌日であり、条文において、通常「翌日」の文言は入りません。
通常とは異なる起算日であるとの意味合いがあるときに、「~の日の翌日から(起算して)」などと規定されます。
時効の起算日はいつから数える?
還付手続の期限の起算日は、法定申告期限の翌日です。
例えば、2025年1月10日に被相続人が亡くなった場合、法定申告期限は2025年11月10日になります。
この場合、還付手続の期限の起算日は翌日の2025年11月11日であり、原則として2030年11月10日までの間に還付手続が可能です。
5年の時効を過ぎても請求できる特例がある
原則として、還付手続は5年以内に行う必要がありますが、「後発的理由による更正の請求」(国税通則法23条2項)に該当する場合には、5年を過ぎていても請求が可能です。
この特例制度は、申告後に新たな事由が生じたことで、税額の計算が変わる場合に利用できます。
そして、この場合の請求期限は、後発的理由が生じた日(裁判等確定日又は国税の更正若しくは決定日)の翌日から起算して2月以内が原則となります(国税通則法23条2項)。
なお、相続税においては、以下のような事由が発生したときは、その事由が生じた日又は生じたことを知った日の翌日から、特則により4か月以内に還付手続を行うことができます(相続税法32条1項)。
- 未分割だった遺産が分割された(同項1号)。
- 裁判などにより相続人が確定した(同項2号)。
- 遺留分侵害額の支払額が確定した(同項3号)。
- 新たに遺言書が発見された(同項4号)。
これらの事由は当初の申告時には予見できない場合が多く、納税者の不利益を避けるための救済措置として設けられています。
相続税が還付される可能性があるケース
相続税の計算は複雑で、特に財産評価の段階で税額が過大になる場合があります。
ここでは、実務上よく見られる「相続税が還付される可能性がある主なケース」をご紹介します。
土地が過大評価されている
土地評価の誤りは、相続税還付のきっかけとして最も多い事例の一つです。
土地の価値は、形状・接道状況・周辺環境などによって個別に評価する必要があります。
そのため、評価の際に減価要因を十分に反映できていないと、税額が多く算出されることがあります。
- 不整形な土地(不整形地)
- 道路に面していない土地(無道路地)
- 騒音や臭気などの影響を受ける土地(利用価値が低下している宅地)
- 都市計画道路の予定地に指定されている土地
- 高圧線が通っている土地(高圧線下地)
- 庭内神祠(ていないしんし)を含む土地
- 前面道路と高低差のある土地
- 前面道路幅が狭い土地(セットバックを要する土地)
- アパートや商業施設等の建物がある敷地
- 間口の狭い土地
- 崖地や傾斜地を含む土地
- 登記地目と実態が異なる土地
これらに該当する土地は、再評価によって評価額が下がる可能性があります。
当初の評価額が適正かどうかを確認することが、還付につながる第一歩となります。
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名義預金・名義株を相続財産に含めてしまっている
名義預金や名義株とは、形式上は家族名義でも、実質的に被相続人が管理・運用していた金融資産を指します。
これらは原則として、相続財産に含める必要がありますが、資金の出所や使用状況などから被相続人の財産と認められない場合もあります。
本来、相続財産に含めなくてよいものを申告していたときは、更正の請求によって相続税が還付される可能性があります。
名義預金や名義株を見直す際は、通帳の入出金記録・印鑑の管理状況・資金の出所(給与や年金など)を確認することが重要です。
生命保険金の死亡退職金の非課税枠を適用できる
生命保険金(死亡保険金)又は死亡退職金には、「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠があります(相続税法3条1項1号及び2号並びに同法12条1項5号イ及び同項6号イ)。
この非課税枠の適用を失念していたり、法定相続人の数を誤って計算していたりすると、相続税を納め過ぎていることがあります。
なお、相続の放棄をした人も「法定相続人の数」に含めて計算することができる点に注意が必要です。
相続税における「法定相続人」には、被相続人に実子がいる場合には養子1人まで、実子がいない場合には養子2人までと制限され、このとき、特別養子縁組による養子や直系卑属の代襲相続人は実子とみなされます。
そして、相続の放棄をした者も含まれます(相続税法15条)。
ゆえに、被相続人と内縁関係にある者や欠格事由のある相続人(民法891条)や廃除された相続人(同法892条、893条)は、含まれません。
なお、相続税法において、「法定相続人」との文言は存在しません。
相続税の還付手続(更正の請求)とは?
納め過ぎた相続税を取り戻すための正式な手続を「更正の請求」といい、一般的には「相続税の還付手続」といいます。
これは、納税者が自ら税務署に対して「申告した税額が実際より多いので、正しい金額に直してください」と申し出る手続です。
国税通則法23条で規定されています。
納め過ぎた税金の還付を求める手続
税務署は、申告された税額が少ない場合には、調査で指摘することがありますが、納め過ぎている場合、通知してもらえるとは限りません。
したがって、申告内容を自分で確認し、誤りに気づいたときは自ら行動を起こす必要があります。
相続税の還付手続は、法律で認められた納税者の権利行使の一つです。
心当たりがある場合は、一度、申告内容を見直してみましょう。
手続の流れ 3ステップ
- 必要書類の準備:過去の相続税申告書や財産評価資料を確認し、更正の請求書を作成します。
- 税務署への提出:作成した更正の請求書と添付書類を、相続税申告を行った税務署に提出します(e-Taxまたは書面)。
- 税務署の審査と還付:提出後、税務署による内容審査が行われます。
審査期間は内容や時期により異なり、数か月から、それ以上かかる場合があります。
更正の請求が認められた場合は「国税還付金振込通知書」が届き、指定の口座に還付金と還付加算金が振り込まれます。
手続に必要な書類一覧
還付手続に必要な主な書類は次のとおりです。
請求内容によっては、税務署から追加資料の提出を求められる場合があるため、事前に税務署や税理士に確認しておくとよいでしょう。
| 書類名 | 概要・入手先 |
|---|---|
| 更正の請求書 | 還付を求める金額と理由を記載する書類。国税庁ホームページ又は税務署窓口で入手できます。 |
| 請求の理由を証明する書類 | 評価誤りや後発的事由発生などの根拠資料(例:路線価図、測量図、遺産分割協議書、戸籍謄本など)。 |
| 当初の相続税申告書の控え | 提出済みの内容を確認するために必要です。 |
| 本人確認書類 | 請求者の本人確認に必要です(マイナンバーカード、運転免許証など)。 |
| 委任状(代理人が手続を行う場合) | 税理士など代理人が請求を行う場合に必要です。 |
相続税還付手続についてもっと詳しく知りたい方は、こちらもご確認ください。
相続税の還付手続を専門の税理士に相談するメリット
相続税の還付手続は自分で行うこともできますが、内容は高度な税務判断を伴います。
相続税に精通した税理士に相談することで、適切かつ効率的に手続を進められる場合があります。
還付可能性を正確に判断してもらえる
申告内容を自分で見直しても、どこに誤りがあるか、還付の余地があるのかを判断するのは容易ではありません。
特に、土地評価は専門性が高く、評価方法を誤ると結果に大きく影響します。
相続税の実務経験が豊富な税理士に相談すれば、法令や財産評価通達などに照らして、還付になる可能性をより正確に見極めてもらうことができます。
書類作成や税務署対応を任せられる
還付手続では、請求理由の整理や添付書類の準備、税務署とのやり取りなど、専門的な対応が求められます。
専門の税理士に依頼することで、これらの手続を代理してもらうことができ、時間や労力の負担を軽減できます。
相続税の還付手続を検討する際の注意点
相続税の還付手続は、納め過ぎた税金を取り戻せる可能性がある半面、いくつかの注意点があります。
還付手続を行う前に、考えられるリスクや留意点を把握しておきましょう。
還付手続が認められるとは限らない
還付手続を行っても、税務署の審査の結果、請求内容が認められないことがあります。
特に、評価方法などで見解が分かれる場合、判断が異なることがあります。
還付の可否は、個別の事情により異なるため、「請求すれば必ず戻る」というものではありません。
還付手続を進める際は、請求理由や根拠資料を明確にしておくことが求められます。
税理士への報酬額は事務所により異なる
相続税の還付手続を税理士に依頼する場合、多くの事務所では「成功報酬制」を採用しています。
これは、還付が実現した場合に、還付された金額に応じて一定割合を報酬として支払う方式です。
ただし、事前相談料や調査費用などが別途かかる場合もあります。
契約前に、報酬の基準・支払条件・支払時期を必ず確認しましょう。
税理士報酬は自由化されていますが、契約内容によって負担額が大きく異なるため、複数の事務所を比較検討するのも一案です。
まとめ
相続税の還付手続の時効は、法定申告期限から5年が原則です。
土地評価の誤りなどが見つかった場合には、還付手続を通じて納め過ぎた税金が還付されることがあります。
まずはご自身の申告内容と還付手続の期限を確認し、還付の可否を早めに検討することが重要です。
必要に応じて、相続税に詳しい税理士へ相談し、適切な対応方針を確認しておくと安心です。
本記事が、適正な納税と還付手続の仕組みを理解する一助となれば幸いです。




